大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(う)905号 判決

被告人 赤間善雄

〔抄 録〕

検察官の所論は、原判決の量刑が不当に軽いというのであるが、訴訟記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果をも参酌して按ずるに、本件、特に航空法違反の罪質が悪質重大であることはいうまでもなく、検察官の所論指摘のような本件犯行時における東京国際空港における航空機離着陸の状況をも併せ考えると、原判示のような重大な事故発生の可能性も必ずしもなしとせず、飛行場の業務妨害の程度も原判示のように相当大きいのであり、しかも、検察官所論のように、本件は、組織的、計画的犯行であつて、被告人も、積極的に本件謀議及び実行行為に加つており、被告人の責任は重いといわざるをえない。しかし、反面、本件犯行の態様は、それ自体未だ危険発生の可能性が大であるというに足らず、かつ、被告人が共犯者中主謀者的地位にあるとは認め難いのであり、又被告人は、年少のため思索と経験共に未熟なところから、理論及び行動の両面において正当な判断をなしえず、誤つた集団の意思に流されて原判示のような目的で常軌を逸した本件行動に出たものであるが、本件による逮捕後自己の行動の非を反省するに至つていることが窺われ、被告人に前科、前歴がなく、本来真面目な性格であつて、仕事と学業に励んで来たと認められることや、今後郷里において家業である農業の手伝をする決意をしていると窺われることをも併せ考えると、再犯のおそれも少く、更生が期待できると考えられるのであり、これらの事情は、被告人に有利な情状として酌量すべきである。右の被告人に有利、不利な情状を彼此比較考量し、かつ検察官のその他の所論をも含め、本件に現われた量刑の資料となるべき諸般の情状を併せて総合考察すると、原判決の量刑が不当に軽いと断ずることはできない。論旨は理由がない。

(高橋 環 長利)

原審判決

主文

被告人を懲役一年以上三年以下に処する。

未決勾留日数のうち九〇日を右の刑に算入する。

理由

(認定事実)

被告人は、昭和四一年に宮城県の中学校を卒業後、川崎市で工員やコツク見習いをして働きながら、定時制高校に通学していたところ、昭和四三年ごろから京浜労働者反戦団という組織に所属し、労働運動や反戦運動に参加するようになり、右の組織を中心とするグループが、昭和四四年八月三一日川崎市民会館に参集して、四日後に出発が予定されていた愛知外相の訪ソ・訪米に強く反対する立場から、羽田空港への突入を含む一連の過激な行動を計画した際も、これに賛同し、一〇名くらいの者とともに決死隊員の役を引き受けた。そして、被告人は、その後、仲間といつしよに羽田空港周辺の下見に行つたり、その具体的な侵入方法などを協議する席になんどか顔を出すなど、積極的な動きを見せていたが、同年九月三日朝にいたり羽田空港に海上から突入する組の一員となることが決まつたので、同日夜半、坂口弘、吉野雅邦、伊波正美および坂井俊則の四名とともに、羽田空港に近い昭和島から、泳いだり浅瀬を歩いたりして海を越え、途中、京浜六区埋め立て地を経て、翌四日の明けがたごろ、羽田空港B滑走路北東端に続く埋め立て工事現場付近に上陸し、そこで、自分たちが運んで来た材料を用いガソリンと灯油の混合液を詰めた火炎びん一〇数本を作つたのち、土管のなかに隠れて、しばらく時を過ごした。

右のような過程を経て、被告人は、愛知外相のとう乗機の出発に際し、羽田空港内に突入して火炎びんを投げるなどして、劇的な方法でその出発を妨害することにより、同外相の訪ソ・訪米に強く反対する自分たちの考えを世間の人々に表明しようと考え、前記四名と共謀のうえ、右とう乗機の出発予定時刻である同日午前八時二〇分ごろ、被告人ら五名が手に手に点火した火炎びんを持ち、あるいは「愛知訪ソ・訪米実力阻止」などと記した旗や横断幕を押し立てながら、前記の埋め立て地付近から東京都大田区羽田空港一丁目二丁目所在の東京国際空港C滑走路方面に向かつて駆け入つたうえ、右滑走路北西端から一〇〇〇メートルくらいの地点で、共犯者中のだれかが、右滑走路上に点火した火炎びん二本を投げつけ、その場にガラス破片を散乱させるとともに、その内容物を燃えあがらせ、よつて、おりから右滑走路の南東端に着地して被告人らの方へ向かつて地上滑走をして来た日本航空株式会社所属のダグラスCD8型ジエツト旅客機六一便(機長ドナルド・ロバート・ドイル、乗客約六〇名)をはじめ、そのころ同滑走路を使用してあいついで着陸または離陸しようとしていた多数の航空機が車輪のパンク、緊急操作に伴う転覆・炎上や失速墜落などの事故にあうおそれのある状態を作り出し、もつて、航空の危険を生じさせ、同時に、運輸省東京航空局東京空港事務所管制官をして同日午前八時二三分ごろから、被告人らの逮捕、火炎びんの火の消火、ガラス破片の除去など、滑走路上の安全確保の措置が完了した同日午前八時四〇分ごろまでの間、同空港の全滑走路を閉鎖するなどの緊急措置をとることを余儀なくさせ、前記の滑走途中の日航機が右火炎びんを避けるため通常の進路を変更し、転回・逆進するほかないようにするとともに、そのあと同空港を離着陸する予定になつていた日航、ソ連国営航空共同運航機四四一便ほか一六機の航空機の離着陸を約五分ないし三〇分間にわたつてそれぞれ遅延するにいたらせ、もつて前記管制官の統制のもとに多数の航空機を安全かつ円滑に運航・離着陸させるべき空港における飛行場の業務を威力を用いて妨害した。

(証拠)省略

(量刑の事情など)

本件は、外相の海外訪問に反対する被告人ら一部過激派の青年たちが、その出発寸前に、警備陣の意表をつき、あいついで航空機が発着する羽田空港の滑走路に突入して火炎びんを投げ、空港の機能を一時まひさせたという草案である。そこで、まず、犯行前後の、当該滑走路を使つての航空機の離着陸の状況をみると、すでに滑走路に進入しつつあつた日航六一便は、その接地点いかんによつては、火炎びんのある場所を地上滑走のまま通過せざるをえないことになつたかもしれないし、また、同機の着陸直後、ばあいによつては、それより先に、離陸すべく待機していたNW九便も、滑走距離の関係上、当然、同じようにして同地点を通過せざるをえないわけであつたし、さらにまた、木更津上空では、日航一〇二便が着陸態勢にはいりつつあつたのであるから、これらの航空機が、被告人らの判示認定のような行為により、一歩間違えば、車輪のパンク、緊急操作に伴う転覆・炎上などの事故をひき起こす可能性のあつたことは否定できないところであり、航空機の運航は、その性質上、わずかの障害によつても、一瞬にして多数の死傷を伴う不測の事態に発展するという大きな危険をはらんでおり、そのため、航空機の航行の安全に対する要請は社会的にも極めて強いことなどを考えると、被告人らの判示のような行動は、航空法が重刑を定めて処罰の対象としている航空の危険を生じさせる行為にあたると解するのが相当である。

そして、飛行場におけるそれぞれの航空機の発着運航は、空港全体としての定まつたスケジユールに従い、一連のものとして互いに有機的に関連しつつ、いわば共同して営まれる一個の業務であるから、その一つが狂えば、それは連鎖反応的に一定の範囲内で他に波及し、航空管制官の統制のもとに滑走路、誘導路などを共用する関係航空機多数につき、それらのすべての発着・運航の業務を妨害することになるのみならず、ひいては、大きな被害を伴う重大事故の発生にもつながるおそれがあるのであるから、判示のような行動は、航空機の航行の円滑と安全にとつて極めて悪質危険な行為として、厳しい非難に値するものであり、また実際、本件がとりわけ航空関係者に与えた衝撃と迷惑は大きいものがあつたと認められるのである。

もとより、本件における被告人らの目的が、航空機に対する直接的攻撃加害にあつたのではなく、自分たちがいだいている一つの政治的見解を一般に訴えるにあつたことは、当裁判所としても、これを認めるのにやぶさかでないし、また、被告人が外相の訪ソ・訪米が日本のためにならないと考え、これに反対しなければならないと信じ、その信念を実行に移したことは、若い、いちずな気持ちに発した行動であつて、利己的な動機に出たものではないという意味において、裁判所としても、それなりの考慮を与えなければならないところのものではあるが、思想・信念の表明の手段・方法には、おのずから守るべき一定の節度がなければならないことも、これまた、いうまでもないところである。本件のばあいは、前記のような行為の危険性や起こりうべき結果の重大性を考えると(航空の危険ということを、想像のおもむくままに、いたずらに拡大して考えることは、極力避けなければならないが、本件行為の態様と内容、その際の四囲の具体的状況に照らし、航空の危険が存したことは、前に述べたとおりである。)、本件の行為が思想の表明の一つの方法としての意味をもつているにせよ、また、その動機において、くむべき純粋さがあるにせよ、被告人は、絶対に越えてはならない限界を明らかに大きく逸脱した違法な手段を選んだものとして、その刑事上の責任は大きいといわなければならない。この点は、つぎに述べるような被告人に有利な事情があるにしても、本件につき執行猶予の判決をすることを困難ならしめる決定的な事由であると認める。

ところで、刑期を定めるにあたつては、種々の事情、たとえば、被告人は、一時の激越な感情にかられ、背後にいる者に利用されたような面があるし、組織内においても、本件の謀議においても、格別重要な地位にいたわけでないこと、被告人はまじめな定時制高校生で、現在でもまだ少年であるため、将来の更生ということを重視しなければならないこと、被告人は前歴がなく、逮捕後、自分の行動が誤つていたと考えるようになつたし、現在は、郷里で家業の農業の手伝いをして暮りしているため、一応再犯のおそれは少ないとみられことなどを考慮し、酌量減軽したうえ、主人のように量刑するのが相当と考える。(昭和四五年三月一日東京地方裁判所刑事第八部)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例